わたしたちは、日々多くの言葉を発し、
多くの知識を共有し、
多くの思いを世界に放っています。
けれど──
その言葉が、誰かの人生に触れてしまうかもしれないと、
どれだけの人が思い至っているでしょうか。
「これは正しいから、大丈夫」
「これは事実だから、問題ない」
そう思って発した言葉が、
誰かの心を傷つけ、人生を変えてしまうことがある。
1. 知識は“正しさ”を語る──でも、それだけでは足りない
知識は、正確であることを目指します。
論理的であること、事実に基づくこと、
それはとても大切なことです。
でも──
“正確であること”と、“正しいこと”は違う。
とくに、心が弱っている人、
迷っている人、
孤独の中にいる人にとっては、
“正しい知識”が刃になることがある。
2. 愛は“責任”を引き受ける
言葉は、誰かに届くものです。
そして、届いた言葉には、重みが生まれます。
だからこそ、
「この言葉が誰かにどう響くか」を想像すること。
そして、その響きに責任を持つこと。
それは、正しさではなく、
愛のかたちです。
3. 思いがけない影響
「これは大丈夫だろう」と思って発した言葉が、
誰かの心に深く残ってしまうことがあります。
ある人を勇気づけるかもしれない。
ある人を絶望させてしまうかもしれない。
ある人の選択を変えてしまうかもしれない。
だからこそ、
言葉には、祈りが必要なのだと思います。
4.今朝の導き
そして──
今朝、オンライン礼拝で受け取ったメッセージが、
私が長く取り組んできたある発明の核心と、
驚くほど深く重なっていました。
それは偶然ではなく、
祈りの中で、
言葉と意味が静かに結び合った瞬間でした。
まさに、導かれたとしか思えない一致。
神様がそっと背中を押してくださったような、
そんな朝でした。
💬 祈りとしての言葉
今日もまた、
わたしの言葉が、誰かの人生に触れてしまうかもしれない。
だからこそ、祈りながら語りたい。
知識ではなく、愛を添えて──
📖 聖書引用|ヤコブの手紙 3章5–6節
James 3:5–6 (NIV)
Likewise, the tongue is a small part of the body, but it makes great boasts.
Consider what a great forest is set on fire by a small spark.
The tongue also is a fire, a world of evil among the parts of the body.
It corrupts the whole body, sets the whole course of one’s life on fire,
and is itself set on fire by hell.
ヤコブの手紙 3章5–6節(新改訳2017)
同じように、舌も小さな器官ですが、大きなことを言って誇ります。
見なさい。あのように小さな火が、あれほど大きな森を燃やします。
舌は火です。不義の世界です。舌は私たちの体の一部であり、
全身を汚し、人生の輪を焼き、地獄の火によって焼かれます。