自分自身としては、最近かなりいっぱいいっぱいな状態が続いていましたが、本当に忙しい方は
「忙しい」
といっている暇などないでしょうから、私の場合はまだまだ時間がある方でしょう。
諸事情あって、格差社会について考察を適時しておりましたが、結局私の卒論テーマでも取り上げましたインターネット検索事業者が提供している「検索」エンジンにまつわる格差について深く考察することにしました。
かつてはネット環境(ハード面)の格差が強調されていたと思いますが、その格差は徐々に縮小する傾向にあり、今後は、検索エンジンをどのように駆使して必要な情報を収集するかによって、各種格差が生じる可能性があると思われます。
では、検索リテラシーとは、一体どのようなものでしょうか。
また、検索エンジンによる検索結果は公平なものでしょうか? 恣意的なフィルタリングは存在しないのでしょうか?
もし公平でない、あるいは恣意的なフィルタリングが存在とすれば、検索リテラシーが高いと自ら思っている市民が、実は、誤った方向に思考が導かれることで諸問題、場合によっては格差が生じるということも考えられます。
検索リテラシーは、人間の知に影響する問題であると思われます。
検索エンジンに対する盲目的な依存は危険ですね。
自己責任といってしまえばそれまでですが・・・。
先日も記載した聖句ですが、検索エンジンを利活用してもっともっと何かを得たいとか、他に先駆けて何かを得たいと思っていると、思わぬところで落とし穴に自ら落ちてしまう原因を作ってしまうかもしれません。
Watch out! Be on your guard against all kinds of greed;
a man's life does not consist in the abundance of his possessions. (Luke 12:15)
どんな貪欲にも注意して、よく警戒しなさい。
なぜなら、いくら豊かな人でも、その人のいのちは財産にあるのではないからです。(ルカ 12:15)